平成30年を振り返ってみる。

水曜日の午後。久々に仕事をさぼり2時間ほど喫茶店でこれを書いています。
若い人ならカフェとかいうのでしょう。

喫茶店という言葉で年齢を想像する人もいるかもしれません。
おまけにコーヒーとフライドポテトというコンビ。
若者はこんなメニューは頼まないでしょう。

2018年平成という年号の最後の年。残りひと月のところで平成30年を考えてみた。

世の中の災害や事件事故は大きなことがたくさんあったが申し分けないがここでは自分の事だけを振り返ってみる。

還暦を2年過ぎ2019年1月で63歳になる。
還暦を過ぎてから年齢を1歳間違えることが多くなった。
これは老化?なのか。

自分の健康には自信を持っていた。
理由は若い頃から体を鍛えていたからだ。(ダジャレではない)

しかし、今年は様相が一変した。
入院こそなかったが病院へ行く回数が激増した。

2017年までは年に1度か2度だったものが2018年は11月の段階で5倍の10回を超える。

甲状腺機能障害(バセドウ病)発症

私は持病を持っている。甲状腺機能障害、パセドウ氏病又はバセドウ病というものです。
この病気に気づいたのは6年位前だ。実際に発病したのはその1年ほど前からだと思う。

体の疲れがとれず、指先が震え軽い痛みが時々出る。
それは仕事のせいだと思っていた。

実際に酷い職場だった。
朝の3時には起き、仕事の準備や掃除に動き回り、仕事がそのまま始まり午前は11時少し前で終わる。
昼飯を食べ、午後2時から始まり夕方の6時まで働く。
今考えればよくこんな3Kの仕事選んだと思うがこんな職業しか当時の私にはなかった。

私が入って数か月でほとんどの先輩方はやめていった。
というか夜逃げをした。

それでも経営者は平気な顔で仕事をしている。
追えば訴えられた経験もあるというので追いかけないし探さないらしい。

そして私も一人の若者が辞める日に空港まで見送りその足で職場には帰らずとんずらをした。

2011年東日本大震災が起こった年だった。
平成23年のことだ。

事情やその内容については時期を見て書こうと思う。

このとんずらした生活の後に現在の仕事に出会うことになるが、同時にバセドウ病に気づいたのもこの世界に入ったのがきっかけである。

このバセドウ病は完治がないらしい。
薬を一生飲み続けなければならない。
何度も病院を変えたがどの医師も一貫してそう話す。

平成30年私の通院記録

まず今年は1月からバセドウ病の薬を切らさないように定期的に病院へ行き血液検査を受け薬の処方を受けた。
半年続いたが6月に3か月分の薬を一度に貰い3か月後の9月の定期通院をさぼった。

まず7月に胃に痛みを感じ同時に吐き気を感じたためすぐに通院した。
通院した先で二日後の胃カメラ等の検査を予約したが、通院時にもらった胃薬で痛みも吐き気も解決したため検査の予約を次の日に取り消しをした。

8月会社の健康診断で高血圧及び脂肪肝と言われた。
まずは血圧からと考え通院した。
2週間血圧測定、心電図等の検査をするが異常なし。
血圧は異常がないと専門医が判断する。

9月また胃の痛みが再発。
通院しすぐに胃カメラと言われ静脈麻酔で眠らされいつの間にか胃カメラが終わっていた。
結果は胃に異常はない。

処方を受けた胃の薬で痛みが治まらず湿疹が出ていたので皮膚科を受診。
皮膚科ではこれは帯状疱疹と言われ飲み薬と塗り薬を処方された。
薬をのんで次の日胃の痛みは全くなくなった。

今年は11月28日(本日)健康診断が終わった。
バセドウ病の通院に来ていないこと。
動脈硬化がある。
などさんざん言われた。バセドウ病は今年中には一度いく。
動脈硬化はどうする?

血圧を安定させ、タバコをやめなさい。
医師はいうが血圧は安定している。タバコはやめられません。

だから来年も同じことを言われるのだろう。

歯科通院の経緯そして貝になる。

そして次は歯科だ。
平成30年1月から6月まで前歯が3本欠損した。
歯周病や歯槽膿漏で歯は数年前からボロボロの状態だった。
歯科通院はいつも頭の中にあったが歯科に対するトラウマが通院を阻んでいた。
トラウマはいつかは書こうと思うが誰もが「なんでそんなことで」と思う。
でも私にとってはトラウマなのだ。

まず、梅干しの種を間違ってかじり前歯の一本を欠損。
その隣の歯も少しぐらぐらしていた。
毎日夜になると動かしているとある日突然根元から折れた。

そして3本目、前の日に買ったフランスパンをよりによって手でちぎらず口に運び残っている前歯でかじると一本が折れて口から飛び出した。

口から飛び出したからよかったもの口の中に入れば呑み込んでいたかも知れない。
この時はショックだった。パンで歯が折れる?
「これは病院でしょ」と思いながらも半年以上放っておいた。

部下からは前歯はどうしたんですか?
病院はいついくの?
歯抜けじじぃ

など揶揄されながらもトラウマを抱えている私は歯科にはいかなかった。

ところが10月のある日、歯磨きをしている時に一度激痛が走った。
その時はそれで済んだが、その夜痛みで目が覚める。
早速痛み止めを飲み眠りにつく。

次の日、鏡も見ずに慌てて会社へ行く。
社長、どうしたのその顔?!

へ?

腫れてるよ。痛くないの?

会社の洗面台で顔見て驚く。
そして少し押してみた。

瞬間に激痛が走りそれ以降痛みが続く。
痛み止めでなんとかしようと何度も痛み止めをのみ意識がもうろうとする。

社長の車が救急車に代わり私を乗せて口腔外科へ向かう。
予約をしていてくれたためたまたま空いた時間に入れてもらい受診。

口腔外科の女医さん「はぁ よく我慢しましたね、ここまで」
「腫れと痛みがひくまで治療はできません。血液検査の結果で入院するかもしれません。」

私「入院、歯で入院?それはなんとかしてくれませんか?仕事があります。」

女医さん「社長さん二日くらい休んでもいいとおっしゃっていましたよ」

そっか俺はそんなに暇な社員だったのか?

女医さん「とにかく血液検査の結果待ちです。その間に抗生物質の点滴をします。」
と言って診察室の裏へ消えていった。

看護師がきて「それでは点滴室にいきます。」
看護師の後ろを歩きながら「何だかこの看護師、椎名林檎に似ている」
おじさんらしい少々いやらしい目つきで見ていたかも知れない。

なんやかんやで点滴室で点滴を受ける間の一時間記憶が飛んでいる。
目を覚ますと点滴が終わっていた。ナースが来て点滴の針をぬく。

次にレントゲンとCTをとりもう一度診察へ戻る。
10分ぐらいまっただろうか?再び診察室へ。

椅子に案内され座ると目線の少し上に私の歯のレントゲン写真があった。

女医さんがポインターでさす。「右のこの歯も、前のこの歯も全部だめになっています。」
私   「痛くなければ総入れ歯でもいいです。」
女医さん「ここでは入れ歯は作れません。歯科がないので歯科に予約を入れてください。」
私   「ここでは何をするのですか?」
女医さん「前のこの3本を抜きます。」
「あとは歯科で治療をしてください。」

私   「入院しなくてはだめですか?」
女医さん「血液検査では入院が必要なほど悪い数値ではないので今日は大丈夫です。」
「あと二日間。抗生剤を点滴して飲み薬と併用で治療します。」

助かった。

本日10月28日予約は二日後の9時40分前歯の欠損した3本を根元から抜く。
歯抜けじじぃ全開になる。

マスクそれだけは手放せない。そして治療が終わるまでは大勢の前では話せない。
そして「貝になる」

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